先日、熊本で開催された「日本歯科薬物療法学会」に参加してきました。
今回の学会で特に強くインプットされたテーマ、それが「抗菌薬(抗生剤)の適正使用(AMR対策)」です。
日々の臨床に追われていると、どうしても習慣的・予防的に処方してしまいがちな抗菌薬。しかし、最新の知見やデータに触れる中で、「現在の歯科医療において、抗菌薬は過剰に投与されているのではないか」という強い問題意識を持つきっかけとなりました。
なぜ「過剰投与」が起きているのか?
歯科における抗菌薬処方は、抜歯後や歯周病治療、消炎処置などの際、「感染予防」や「念のため」という理由で行われるケースが多く見られます。
しかし、学会での発表や議論を通して痛感したのは、「投与の根拠(エビデンス)が不十分なまま処方されているケースが少なくない」という現実です。
- 急性症状に対する「とりあえず」の処方
- 予防的投与の期間が不必要に長い
- 本来なら局所的な処置(切開や清掃、根管治療)で対応すべき病態への安易な投薬
抗菌薬は決して「魔法の薬」ではありません。原因となる細菌や病態に対して正しく使わなければ効果がないばかりか、患者さんの腸内環境を乱したり、副作用のリスクを高めることになります。
静かに進行する「耐性菌(AMR)」の脅威
抗菌薬の過剰・不適切な使用によって引き起こされる最大の弊害が「薬剤耐性菌(AMR: Antimicrobial Resistance)」の出現です。
細菌が抗菌薬に対して抵抗力を持ち、薬が効かなくなる -- 。これは一医院、一患者さんの問題にとどまらず、社会全体の医療安全を脅かす世界的な課題(サイレント・パンデミック)です。
もし耐性菌が広がり続ければ、これまで効いていた抗菌薬が効かなくなり、将来的に「普通の抜歯や小手術ですら、感染症のリスクで安全に行えなくなる時代」が来るかもしれません。
歯科は日常的に多くの抗菌薬を処方する診療科の一つです。だからこそ、私たち歯科医師が耐性菌のリスクを正しく理解し、責任ある処方を行わなければならないと強く実感しました。
私たち歯科医療従事者に求められる「知識」と「啓蒙」
今回の学会を経て、今後私たちが取り組むべきアクションは大きく2つあると感じています。
正しい知識に基づく「根拠ある処方」
「以前からこうしていたから」という慣習を捨て、最新のガイドラインに基づいた適正使用を徹底すること。
- 本当に抗菌薬が必要な病態か?(局所処置で対応できないか?)
- 投与する期間や用量は適切か?
- 適切な第一選択薬を選んでいるか?
これらを常に自問自答し、「必要なときに、必要な期間だけ、ピンポイントで効かせる」処方を意識する必要があります。
患者さんへの「丁寧な啓蒙と説明」
患者さんの中には「歯医者に行ったら抗生剤をもらって飲むのが当たり前」「痛みが引くまで飲み続けたい(あるいは痛みが引いたら自己判断でやめてしまう)」と考えている方も多くいらっしゃいます。
- なぜ今回は抗菌薬が不要なのか
- なぜ決められた期間きっちり飲み切る必要があるのか
これらを医療者側から分かりやすく伝え、納得していただくための「コミュニケーション」と「啓蒙」が不可欠です。
熊本での学会は、自分自身の臨床処方を見つめ直し、歯科医師としての社会的責任を再認識する大変有意義な機会となりました。
「念のため出しておく」から卒業し、「根拠に基づいた適正な抗菌薬投与」を追求すること。それが、目の前の患者さんの健康を守り、未来の医療を守ることにつながります。
これからも最新の知識をアップデートし続け、安全で質の高い歯科医療を提供できるよう努めてまいります。